こころのこと。

人生ハードモード。親ガチャを盛大に失敗した私の回復記録。笑

節約が死ぬほど嫌いな理由。

表題どおり。

 

大人になってからの私は節約が大嫌いで浪費を繰り返した。笑。今は落ち着いて、欲しいものと欲しくないものがしっかり見分けられる。

でも昔の私は違った。働き出してから反動が出たのだろう。未だに節約は大嫌いなのだが、ふと今回何故なんだろうと思いたった。

 

👩‍🦰〈気づいた時は内観と自己分析だっ!〉

 

自己分析を繰り返して大分理由が見えてきたので今回はそれを書いてみる。

 

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二日目のお風呂の湯。

ティッシュを買ってくれなかったこと。

生理用品を節約したこと。

 

 本当それこそ思い返すのも嫌だ。

恥でしかないから。でも書く。。。

 

父親の仕事が続かないうえ、ギャンブルを繰り返す我が家の家計はいつも火の車だった。

小学生の頃、父が働かなすぎていつも座っていた座椅子に穴が空いた。伝説だ。

 

母はいつもお金に悩まされていたので、私たちが大人になるまでお金がないお金がないと毎日繰り返し繰り返し言い続けた。それは実家を離れるまで続いた。お金の話をされすぎて幼い頃からお金がいつも心配で私も見切り品や安いものをスーパーにいくと必死で探した。

 

一人何点まで。の制限がついた特売品がある時は頭数を集めるため妹と私と母で遠くのスーパーまで自転車で行ったし引っ越したお宅があれば、深夜に粗大ゴミとして捨てられた家具を拾いに行ったりもした。だって、うちにあるのより綺麗だったから。家具は拾ったものが多かった気がする。

 

私の家では間違いなく子供より貨幣のほうが価値が高かったのだ。

 

お金 >   子供

 

だった(΄◞ิ◟ิ‵)

思い返すと大事にされた記憶もない。

そしてあまりにお金がなかったので母の謎の節約作戦が発動されたのだった。

 

小学4年生くらいから?だろうか。

4人家族だったのに、〈お風呂の水の入れ替えは2日間入ってから〉になったのだ。

 

水道代がかかるから、がその主な理由だったのだが2日目のお風呂は本当になんとも言えない臭いがして垢が浮いていて本当に本当に嫌だった。夏なんてもう地獄!今考えるとそんな汚いの入る意味あるのか?と思うが、母はそれを決めて決行した。

おまけに健康のためという理由から母はその時期には生◯クラブを始めていて(確かに食品はすばらしかった)、そこの石鹸シャンプーと石鹸を買ってお風呂に置いてあったのだがこれがとんでもなく臭いのだ涙。本当ありえない。

 

臭いシャンプーと石鹸で二日目の風呂に入るのが泣くほど嫌だった。

何度も何度も母親に「シャンプーだけは市販に戻して」と頼んだが一切受け入れられることはなかった。シャワーもあったけど基本使用禁止だった。理由はもちろん水道代がかかるから。

お小遣いもあってないようなもの。お年玉は大抵巻き上げられていたので私は出来るだけドラッグストアで試供品のシャンプーを集めるようにしていた。私があまりにうるさいので母は数年で石鹸シャンプーだけは断念、市販のメリット(リンスインシャンプー)に切り替えられたのだった。

そんなだったので、男の子の近くは本当に嫌だったし臭いって言われたどうしようと内心いつも気にしていた。服だって全部従姉妹のお下がりだったからそんなことで目立ちたくなかった。

 

また、生理用品も本当に嫌だった。

どこで見つけてきたのかわからない代物で綿を分厚く積み重ねた形のものだったのだ。

その時代にはすでに薄型になっていたはずなのだがそのナプキンは厚みが一般的なものの5倍はあった。

 

👩‍🦰〈何これ見たことない。江戸か明治時代からタイムスリップしてきた😱??〉

 

これも母親に「友達にちょうだいって言われることもあって恥ずかしいから一般的なものにして」と何度も何度もお願いしたが叶えられることはなかった。友達にないかと聞かれたらそれ以降は持ってないと言い続けた。

また、母は少々ぼんやりしていたので生理用品は切らすこともしばしばだった。何か性的なことは言えない雰囲気の家だったので、私は買ってきてとオープンに言えなくて生理用品は本当に節約した。せざるを得なかった。

 

いつからだろう、私は汚いと思うようになって、そんな汚い自分が大嫌いだった。

 

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今考えると健康のためとは言えやりすぎだし、一体あの生理用品はどこで買ってたんだろう。お金がないなら、ないなりに市販の激安を買って数を豊富に置いておいてくれたらよかったのに。

 

これは高校生になってバイトができるようになるまで続いた。最初のバイト代が入った時、一番にシャンプーと生理用品を買った。ほっとした。

 

そしてティッシュ

これも資源がもったいないからといつからか買わなくなった。代わりに着なくなった洋服を雑巾サイズに刻んでおいてそれを代用していた。

なので、ポケットティッシュがもらえるところではたくさん集めてくるのが常になった。

たくさんもらってくると褒められたし。

 

👩‍🦰〈普段全く褒められないから、褒められたくてティッシュ集め頑張ったよなあ。今考えたら乞食だわ。〉

 

本当に嫌な子供だったと思う。

大人びてて冷めててセコかったから。

 

ほかにも謎の節約はたくさんしてて(トイレにペットボトルの水を沈めるとか、台所洗剤薄めて全く泡立たなかったりとか)そんな惨めで辛かった子供時代を思い出すから私は節約が大嫌いなんだなと気づいた。

 

今、女の子全開で可愛いらしい姪を見ると微笑ましい反面、胸の奥がチクっとする。

 

👩‍🦰「私も綺麗な服着て、綺麗なお風呂に入れる綺麗な女の子になりたかったな。」

 

 

時間は戻せない。

でも、娘の私があんなに嫌がったのにそれを強制するほど水道代は高かったのだろうか。

 

節約は大嫌い。

惨めだったことを思い出すから。