こころのこと。

人生ハードモード。親ガチャを盛大に失敗した私の回復記録。笑

やってきた☆苦しい場で楽観的にいることの難しさと限界を超える人について考察。

f:id:BeLucky:20201001155256j:image

カボチャ飾ってみた☆

苦しい場所に長い間いると、運や状況を良くしていくためにはその場にいながら未来を楽観することが大切になる。

以前も書いたが、本当に文字通りその通りになる。でも、それができたら誰も苦労はしないくらいの場所だから苦しい場所なのだ。

 

 

私の場合は、

⚫︎波動が合わなくて毎日吐き気。

⚫︎夜中に吐き気が止まらずほぼ毎日夜はトイレの住人。

⚫︎昼間は職場で他人の波動酔いでクタクタ。

⚫︎家族やパートナーも全員波動が合わなくて誰といても気が休まらない。

⚫︎気力の低下から毎日ほぼ鬱。

⚫︎でも仕事やめられない。

 

文字にすると大したことないが実際やるのは大違いで本当に生き地獄すぎて、死んだ方が楽だと毎日のように思った。そんなら状況だと絶望はたやすくできても楽観は全くできなかった。冗談抜きに明るい未来を想像する気力すら湧かないのだ。毎日生きているだけで精一杯。

 

あの当時よく思ったのが、一日でいいから休みがほしい。この状況から一日でいいから解放されたいと本気で願っていた。苦痛が長すぎて身体がキツくメンタルが余計に削られるのだ。

 

末期の病の人が最後は死んだら楽になれると思うというけれど、私も死ねたらどれだけラクかとよく思った。出口の見えない不安な時間がどれだけメンタルを削るかもよくわかった。苦しい場所はそれだけ過酷で、希望なんてものは全くないのだ。

 

そんな状況に楽観しろと言われても出来るわけがない。並大抵の覚悟では絶対に出来ないし、楽観できる要素が1%すら見つけられない。

私はそんな中では今に集中することで未来を考えること自体やめていた。生きているだけで精一杯だったからだ。

f:id:BeLucky:20201001161649j:image

しかし、あれがあったから極限から生き残る人には共通点があるのだと思うようになった。

仮説にすぎないけれど、アウシュビッツで生き残った人や、絶望的な戦地から生還した人、末期の病から生き残る人も、他の人となにが違うかは一目瞭然だと思うようになった。

 

要するにメンタルが強いのだ。絶対に諦めない覚悟を決めている。

どんな状況でも必ず生き残るという覚悟と希望を捨てないこと。生き残る人と死ぬ人の差はそれだけの差なのだと思う。

 

苦しい時に楽観できる人はほとんどいない。死に直面した場所ではきっと死ぬという想いが抜けなくなる。だから戦地ではほとんどの人が助からないし、末期の病の人たちもほとんどが亡くなる。

 

でも、よほどに生まれる前に決めてきた死に場所ではない限り、人間はだいたいのことを自分にとっていい方に変えられる底力を持っている。

 

末期の癌だって、どんなに体調が悪くても本人に死ぬ気がなく生き残ってまたお店やろうとか、あと10年は生きようとか思いが強ければ天命でない限りは死なない。その想いを助長して助けてくれたり、いい方へ好転させてくれるのが感謝なのだ。こんな病気になってうんざりだ!なんで私が!みたいなのを言い続けていると悲しいけれど好転はしづらい。感謝は本人の放つ波動の質を変えるので、周りからのエネルギーを受け取れる状態にできるのだ。(もちろん、やるのが死ぬほど大変なのは理解してる。悪態つきながらやってきたから。)

f:id:BeLucky:20201001163042p:imagef:id:BeLucky:20201001163326p:image

周りの人には言ったらダメよ。あくまでも守護霊相手に当たり散らそう。

f:id:BeLucky:20201001163644p:imagef:id:BeLucky:20201001164722p:imagef:id:BeLucky:20201001164742p:image
f:id:BeLucky:20201001164737p:image
f:id:BeLucky:20201001164732p:image
f:id:BeLucky:20201001164746p:image
f:id:BeLucky:20201001164751p:image

祈りはこの作業を無意識で行なっている行為に該当。これは、やってる行為をイラストに起こした感じ。

悪感情を感じ切ったら手放す。

そして、あとは、感謝に切り替える。

 

⚫︎こんだけ具合が悪いけれど、周りはみんな優しくてありがたいな。

とか、

⚫︎昨日は死ぬかと思ったけど、今日はなんとなく昨日より気持ち良くてありがたいな。

とか。

 

この切り替えをうまくやることで苦しいなかでも感謝をするタイミングを意図的に作ることになる。

祈りは感情の解放と守護霊との交信を無意識で行なっていることになるため、信仰がある人の方が奇跡がおきやすかったり精神が安定しやすいのはうなずける。瞑想も同じような作用といえるだろう。

 

苦しい時期に楽観的でい続けることは無理だが、守護霊に繋がり感情の解放を繰り返すことで私はゆっくりではあるが着実にいい方へ進んできた。(当時は本当に大丈夫なのかがわからなくて不安定だったけれど、抜けてしまえばガイドに従ってきて正しかったのだとよくわかる。)いきなりは無理でもゆっくり着実に良くなっていっていると今、実感している。